【Trip/India】豊かさとコミュニケーションの真諦
about Trip…
インドを旅したとき、一人の男性に出会った。
彼の名前はシアさん。
トゥクトゥクドライバー。
僕は、彼のことが大好きだ。
できることなら、シアさんのように、生業を作れたらなと思う。
シアさんと出会ったのは、とあるホテルの正門だった。
外国人が宿泊できるホテルは高級ホテルに位置付けられ、外へ出ようとすれば、まるで有名人の出待ちかのようにタクシー運転手たちに囲まれる。
例によって価格交渉に入るのだが、足元を見られ、交渉は難航。
そんな中、「ひゃくごじゅう」と日本語で数字を提案してきたのがシアさんだった。
インドでは「日本語で話かけてくるインド人=危険者」というのが日本人旅行者の中では常識である。
なのに、なぜかこの時は彼に着いていこうと思った。
名前も言わないくらい、シアさんは、必要以上に多くを語ったりしない。
そんなシアさんが繰り返し言っていたことがある。
シアさんが案内してくれたお店に行ったときのことである。
店にあった、ルドラクシャという菩提樹の実でできたネックレスに僕が興味を示すと、店主は値段を告げてきた。
結構高価で、僕はそういうものなのかなあと思い、品物を戻した。
するとシアさんは、それまでずっと店主とともに英語で商品の説明をしてくれていたのに、突然語気を強めてヒンドゥー語で店主と話しはじめた。
次の目的地で観光を終えて戻って来ると、シアさんは笑顔で僕らを出迎えた。
そして、なんとプレゼントだと言って、ルドラクシャのネックレスを手渡してくれた。
話を聞くと、さっきの店ではだいぶ吹っかけられていたらしい。
シアさんは相場を知っているから、ヒンドゥー語で店主に怒っていたのだ。
そして、「自分が紹介した店で君たちをあんな目に遭わせてしまい、申し訳ない」と僕らに謝った。
シアさんにとって、僕たちは本当にゲストなんだなと思った。その想いが、とても嬉しかった。
お金に関して、会った初日こそは運賃を払ったものの、シアさんは一切口に出してこなかった。
シアさんは、レストランに案内してくれた後、気がつくと店内にいないことがあった。現地の人には高い店だったんだと思う。
それにも関わらず、さっきのプレゼントや、僕たちが大喜びしたチャイをさっと出してくれたり、惜しみもなく僕らをもてなした。
ほぼ一日中移動してくれたし、バラナシを端から端まで周った。ガソリン代もかなりかかったと思う。
2日目の別れ際も「明日の朝は何時にする?」で終わり。
とうとう、最終日、空港でお別れするそのときでさえも、シアさんはお金のことを自分から何も言わなかった。
異国の地からやってきた僕たちに良い思い出を残してもらおうと、全部純粋にやってくれたことなんだと思う。
人への感謝に胸を打たれた。
金額じゃないことはわかっているけど、もっともっと渡したかった。
僕は、こんなに美しいお金の使い方を他に知らないからだ。
自分が心から良いと思ったことを提供して、気持ちとしてお金を受け取る。
お金を支払った側の僕が言うと偉そうに聞こえてしまうかもしれないけど、これ以上なく素晴らしいことだと、純粋に思う。
きっと今日も、また誰かの思い出を創っているんだろう。
現代では、「豊かさ=経済的なこと」が第一義として当たり前となっているが、本当に大事なのは、そっちじゃない。
あと、暑いし、埃だらけだし、いろんな臭いがするし、人が多いし、やたらと広いし、出歩くだけで間違いなく疲弊する。
あの国で起こることは、アンタッチャブルだけどどれも現実だし、そのことに期待や不満なんて抱いてられない。
禅とモードとアドラーと宇多田ヒカル
◼︎見えている世界とマインドセット
◼︎真理のオーバーラップ
◼︎西洋のアドラーと東洋の禅
◼︎宇多田ヒカル
- 作者: 宇多田ヒカル
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◼︎モードの定義とクールなマインド
■最後に
アマチュア旅行家の旅行技法
about Trip…
■アイ アム ア ”アンチ・スタンプラリー・ツーリスト”
■Step1:旅先のイメージをスクリーニングする
■Step2:イメージを実現できる場所を知る
■Step3:やりたいことをマッピングしていく
■Step4:自分の住む場所から、旅先までの交通手段を調べる
■Step5:点と線を結ぶ
■Step6:宿を決める
compass-kyoto.jp(京都のゲストハウス・コンパスさん。元CAの女将さんがご夫婦で経営されている。外国人のツボを抑えた和風の内装はとってもキュートで、日本人だってテンションが上がることウケアイ。僕が祇園で飲んでて帰りが遅くなったら心配して電話をくれたり、ママさんの優しい人柄が宿のいたるところに溢れている。)
shirakawa-go.jp(白川郷の古民家改装ホステル。もともと観光案内をしていたオーナー、要望を聞いていたら気が付くとホステルを運営していたという。留学未経験ながら、世界遺産・白川郷仕込みの英語はめちゃめちゃ流暢。生き方がヒップホップ過ぎて最高にクールな女性だ。キッチンを貸し出してくれるので、夜は仲間たちと飛騨牛を焼いて最高に盛り上がった。)
■Step7 :全力で準備してきたことを、全力で忘れる
■最後に
はじめに
◼︎きっかけ
『ライフスタイルは買えるのか』
このことを考えるに至った契機として、月並みではあるが映画<365日のシンプルライフ>との出会いがある。
(モノとの距離を確かめる実験を追う、ドキュメンタリー映画。主人公 は、全ての持ち物を倉庫に預け、そこから1日1つだけ物を取り出すことができるというルールの下、暮らし始める。経験することで初めて分かる、モノがもら たす利便性から感情の変化に至るまで、映像の質感も相まって、非常にリアルに届けてくれる作品。)
最も印象に残っているのは、主人公の祖父母の台詞。
「人生はモノでできていない。」
自分を顧みたとき、極端に言うと、モノに生活をジャックされていた。僕はモノが大好きだった。受動/能動を問わず、生活に侵入してくるモノの情報。「いまがお買い得ですよ!」「1点もののヴィンテージです!」時に、それらを手にいれることが生活の中心になったりしていた。
単純に、「モノ」を「情報」に置き換えても成り立つかもしれない。あらゆる側面でトゥーマッチな現代では、気づかぬ間にノイズに生活を乗っ取られていることは往々にしてある。モノも情報も大事だけど、人生の構成要素として最上位にくるものではない。
◼︎モノの先にあるもの
物と生活の関係を考えるとき、いまや多くの人が知るようになった『ライフスタイルショップ』というワードが思い浮かぶ。
生活にまつわる物をチョイスするのは、個々人のアティチュードの現れであるから、ライフスタイルショップというのはある部分で成立しうる。究極的に、お金の使い道もアティチュードである。
でも、ライフスタイルってそんなに即物的じゃない。
そのモノを手にとったアティチュード、例えばエコだとかロハスだとかフェアトレードだとかの意識を、生活の隅々まで行き渡らせることができるかは、個々人の人間性に左右される。
こういった精神的なものは、言葉になった瞬間からどうしても記号に傾倒してしまう運命にある。つまり、学問と違って、概念の獲得だけでは何も変わらないのだ。
単に知識だけインストールすれば即ゴールとなるものではない。映画マトリックスの主人公が、ディスクをロードするだけで次々と武術を獲得するシーンには憧れ を抱いたものだが、あれはあくまでもフェアリーテイルであって、現実には日々の鍛錬でしか武道を極めることはできない。
学問以外は、継続を伴った、いわばベクトル量としての側面が必ずつきまとう。矢印がどこまで伸びるかは、それに関わるモノの如何によって決まるものではない。
◼︎ライフスタイルの構成要素
ライフスタイルを考える上で、”ベクトル量である”ことの他に浮上する問題がある。それは、個人の意志だけではなく、自分ではどうしようもできない側面にも、ライフスタイルがかなり脚を突っ込んでいることである。それらは絶対にお金では買えない。
思うに、ライフスタイルを構成する要素は3つあって、それぞれにランクがある。
Level1は、”1日の過ごし方”
Level2は、”人間関係”
Level3は、”住んでいる場所”
*大前研一氏の提唱する、有名な「人間が変わる3つの方法」とほぼ一緒なんだけど、日常の構成が人となりを作るというシンプルな部分で通じているんだと僕は考えている。
これらは、レベルが上がるに従って、外部要因への依存度が大きくなる。
”1日の過ごし方”、これは生活を構成する最もプリミティブな部分であることに異論はないかと思う。
このレベルでは、自分の選択で変えられる余地が大きい。例えば選ぶモノによって、QOLを向上させることができるだろう。また、「朝型生活を送ろう」と思ったら、あとは自分の意志の問題だ。プロセスの多くは自分一人で完結する。それが口で言うほど簡単ではないのは、前述のベクトル性があるからではあるが。
対して、Level2やLevel3は、自分一人ではどうにもならないことが多い。人は、人の間に身を置くから「人間」なのであって、日々顔を会わせる人から、望もうが望むまいが大きく影響を受けている。住む場所だってそうだ。海辺の生活と高架下の生活、標高3000 mの生活はどれも違うものだろう。
そして、この2つは、多くの場合自分で選べない。正確には、選べない生き方が社会通念になっている。
自分と気の合う人と出会って、さらに良好な友人関係を構築できるかは、出会いのn数を上げたとしてもコントロールすることができない。住む場所に関しても、やはり仕事場に帰属して考えることが一般的だろう。多くの人は住む場所をライフスタイル本位で選ぶことができない。
◼︎ライフスタイルは買えるのか
だから、『ライフスタイルは買えるのか』の答えは、当然ではあるが、ノーである。『買う』ということが ”モノを手に入れる”という一般的な範疇にある限り、ライフスタイルは買うことができない。
ライフスタイルを冠するショップやマガジンの提案する暮らしは素晴らしいし、憧れるところだろう。だけど、ああいった提案をリアルな生活に落とし込み、獲得できる人はどれほどいるのだろうか。現代社会で暮らす限り、ああいった生活を描くことはほぼ不可能だ。また、身も蓋もないことを言えば、あの価格帯のものをポンポン生活に取り入れることはなかなかできないと思う。あくまで”休日のアトラクション”にすぎず、現実との乖離は大きい。
◼︎僕のトライアル ー理想のライフスタイルに近づくためにー
きっと<クウネル>や<&Premium>を作ってる人たちだって、雑誌の世界観の中で生きてなんていないと思う。日本の都市に住んでいる限り、<KINFOLK>のような暮らしを成り立たせることは想像できないし、別の世界を眺めている気分になってしまう。
雑誌はフィクション、実店舗さえもアンリアル。じゃあリアルはどこにあるんだよ、と。だから、背伸びをせずに、「こんなことしてみたり、考えたりしたんだけど、気分よかったよ」っていうものを配布していきたい。素人の手が届く範囲を武器に。
目指すのは『ライフスタイルのおすそ分け』。『買う』の反対の『売る』じゃなくて、『おすそ分け』。いや、それすらちょっと押し付けがましいかな。『ご自由にお取りください』がいい具合か。
着地点は見えないし、どう進んでいくのか自分でもわからない。Level 2や3をどうしたら変えていけるかも検討がついていない。でも、わからないからこそいまはとても楽しみである。
いろいろと上でライフスタイルというものを因数分解してみたりしたが、ステキな人に囲まれて、美しいものや美味しいものが一つでも多く自分の人生の一部になっていけば、それが一番だし、すべてだ。
頭でウダウダ考えることじゃない。気持ちがいいかどうか、イケてるかどうか。テイクイットイージー。
よろしければ、どうぞお付き合いください。