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ライフスタイルは買えるのか

ライフスタイル研究家。アマチュア旅人。日々が豊かになるマインドセットやチップスをポストしていきます。

豊かさとコミュニケーションの真諦

 about Trip…

Life is Journey。旅は人生の縮図である。旅は我々に空間性を取り戻させてくれる。旅は都市生活に埋もれた感性を呼び覚ます。健全なマインドと豊かな人生のために、定期的に旅に出よう。
 
 
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インドを旅したとき、一人の男性に出会った。

 

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彼の名前はシアさん。
トゥクトゥクドライバー。

 

僕は、彼のことが大好きだ。

 

できることなら、シアさんのように、生業を作れたらなと思う。

 
 
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シアさんと出会ったのは、とあるホテルの正門だった。
外国人が宿泊できるホテルは高級ホテルに位置付けられ、外へ出ようとすれば、まるで有名人の出待ちかのようにタクシー運転手たちに囲まれる。

 

例によって価格交渉に入るのだが、足元を見られ、交渉は難航。
そんな中、「ひゃくごじゅう」と日本語で数字を提案してきたのがシアさんだった。

 

インドでは「日本語で話かけてくるインド人=危険者」というのが日本人旅行者の中では常識である。

(例えば、「葉っぱ、いる?」などと聞かれたりするわけである!)
 

なのに、なぜかこの時は彼に着いていこうと思った。

上手く説明できないけど、なにか惹かれるものがあったんだと思う。
 
それから3日間、名前も知らないまま(いや、聞けよって話はおいておいて!)、僕はシアさんとバラナシを回った。

名前も言わないくらい、シアさんは、必要以上に多くを語ったりしない。
そんなシアさんが繰り返し言っていたことがある。

 
「君たちはとてもいい人たちだ。君たちと僕は、互いにリスペクトしている。僕にとっての最高のゲストに、僕の生まれたこの土地の良いところを見て回ってほしいのだ」と。
 
シアさんは、僕が聞けば一般的な観光コースを紹介してくれるものの、極めて僕らの意向を尊重した。
前回書いたが、無類のツアー旅行嫌いな自分がガイドをつけるなんて極めて稀なことである。笑
シアさんは観光地に着くと、こう言う。
「さあ、行っておいで」。
 
対して、多くのドライバーは、こう言う。
「ここに1時までに戻って来いよ。遅れたら30分ごとに○○ルピーだ。」
 
シアさんは、ときには2時間でも待ってくれた。そして戻ると笑顔で出迎え、こう言うのである。
「おかえり。もう十分かい?次はどこに行こうか?」
 
勝手にいらん営業をし始め、自分の知ってる観光地をとにかく回らせて少しでも多くのお金を落とさせようとする他のガイドとはえらい違いだ。
 
そんなシアさんの、我々の意向を尊重する姿勢に惚れ込み、こちらからガイドを依頼したのである。
 
 
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シアさんが案内してくれたお店に行ったときのことである。
店にあった、ルドラクシャという菩提樹の実でできたネックレスに僕が興味を示すと、店主は値段を告げてきた。


結構高価で、僕はそういうものなのかなあと思い、品物を戻した。
するとシアさんは、それまでずっと店主とともに英語で商品の説明をしてくれていたのに、突然語気を強めてヒンドゥー語で店主と話しはじめた。

 

次の目的地で観光を終えて戻って来ると、シアさんは笑顔で僕らを出迎えた。
そして、なんとプレゼントだと言って、ルドラクシャのネックレスを手渡してくれた。


話を聞くと、さっきの店ではだいぶ吹っかけられていたらしい。
シアさんは相場を知っているから、ヒンドゥー語で店主に怒っていたのだ。
そして、「自分が紹介した店で君たちをあんな目に遭わせてしまい、申し訳ない」と僕らに謝った。
シアさんにとって、僕たちは本当にゲストなんだなと思った。その想いが、とても嬉しかった。

 
 
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お金に関して、会った初日こそは運賃を払ったものの、シアさんは一切口に出してこなかった。

 

シアさんは、レストランに案内してくれた後、気がつくと店内にいないことがあった。現地の人には高い店だったんだと思う。


それにも関わらず、さっきのプレゼントや、僕たちが大喜びしたチャイをさっと出してくれたり、惜しみもなく僕らをもてなした。
ほぼ一日中移動してくれたし、バラナシを端から端まで周った。ガソリン代もかなりかかったと思う。

 

2日目の別れ際も「明日の朝は何時にする?」で終わり。
とうとう、最終日、空港でお別れするそのときでさえも、シアさんはお金のことを自分から何も言わなかった。

 

異国の地からやってきた僕たちに良い思い出を残してもらおうと、全部純粋にやってくれたことなんだと思う。

 

人への感謝に胸を打たれた。

 
僕は、キャッシュをあんまり持ってなかったんだけど、有り金のほとんど全部をシアさんに渡した。
 

金額じゃないことはわかっているけど、もっともっと渡したかった。
僕は、こんなに美しいお金の使い方を他に知らないからだ。

 

自分が心から良いと思ったことを提供して、気持ちとしてお金を受け取る。
お金を支払った側の僕が言うと偉そうに聞こえてしまうかもしれないけど、これ以上なく素晴らしいことだと、純粋に思う。

 
そんなことができるシアさんを、羨ましくも思う。
きっと今日も、また誰かの思い出を創っているんだろう。
 
シアさんには3人のお子さんがいる。
きちんとした教育を受けさせるために私立の学校に通わせているらしい。決して裕福ではない。
それなのに、どうして見ず知らずの日本人を、こんなにも惜しみなくもてなしてくれるのだろう。
 
僕はまだまだシアさんのようにはなれない。
心の余裕が、少なくとも経済的余裕には結びついているし、
不安とか妄想とか、くだらないことにいつだって煩わされているからだ。
 
これ以上に気高い精神があるだろうか。
自分がどんな状況であろうと、人に与えられる人間。
シアさんにはなんにも敵わない。
 
経済的な豊かさと精神的豊かさは全く関係ない。

現代では、「豊かさ=経済的なこと」が第一義として当たり前となっているが、本当に大事なのは、そっちじゃない。

 

残念ながらモロッコでは、貧しいが故に精神的に欠乏した人と会うことが幾度とあった。
非常に不快感な思いもした。
来る日も来る日も観光客を値踏みして生きていたら、そうなるのも仕方ないとは思う。

 

 

やはり、インドはブッダの国なのだ。
 
 
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インドのことを悪く言う人は多い。
確かに海千山千だとは思う。

あと、暑いし、埃だらけだし、いろんな臭いがするし、人が多いし、やたらと広いし、出歩くだけで間違いなく疲弊する。
 
そう、行ったことのある人が回想するとみんなこうなると思うんだけど、環境をありのままに切り取ったらインドなんてストレッサーしかないのだ!笑
 
でも、僕は、常に口角を上げてインドを回れた。

あの国で起こることは、アンタッチャブルだけどどれも現実だし、そのことに期待や不満なんて抱いてられない。
ただただリアルなだけ。それを受け入れる以外に選択肢なんかない。
意固地になって自分のルールでインドを眺めようとするのは愚の骨頂だ。
 
郷に入れば郷に従え、まさにその通りなのである。
それが楽しい。
なんていうか、自分の殻を取り払う訓練みたいなのができる。
 
何より、彼らは、いい人たちばかりだ。

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屈託なく笑い、底抜けに無邪気。
だから、言葉がわからなくても、まるで子供が仲良くなるようなプロセスで僕に接してきてくれる。
 
言葉なんて、いらないんだ。
 
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誤解を恐れずに言い切れば、インドで騙される人は、現代社会に飼い慣らされすぎていたのではないだろうか。機微を捉える力が弱まり、色付く前の物事を見ることができなくなっているのではないだろうか。
 
Google検索が吐き出す答えや、社会が過剰に発信している「正解」に頼っていたら、ますますそうなっていくかもしれない。
 

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旅をして思うのは、振り返ったときに頭に浮かんでくるのは出会った「人」のことなんだということ。
 
自分が旅に求めているのは、「ロケーション」ではなくて、「人」なのかもしれない。
 
それはGoogle検索のなかには存在し得ないものだ。
 

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(シアさんからもらった思い出のルドラクシャのネックレス)